春翔〜HALCAL〜

春を翔るように、徒然なるままに表現します。

フロム•ゼロ 46

 それでもその冷たさが気持ちいい。

 私の人生は開けていると凪には言ったけど、そんなことはないだろうと分かっている。

 私は樹の身体を押したのだ。その事実だけは変わらない。

 私はこれからもなるべく目立たないよう、隠れて生きて行く。万が一私のことがあの有能そうな刑事にバレたとしても構わない。やるべきことはやったから。

 なぜあの愚行を私は行ったのか。

 樹が好きだったから。

 違うような気がする。私は樹を好きだったのだろうか。声を掛けてくれる人なら誰でもよかったのではないだろうか。

 あの二人が憎かったから。

 憎いのは憎いけど、それも違う気がする。

 あのワンピースのボタンを見た時、私はあの計画を瞬時に思い立った。これは偶然であり必然だろうと思う。尊厳が傷つけられたと感じた時、私は自分を見失った。いや取り戻したのかもしれない。だって私は生まれた時から鬼だったのだから。

 だけど、本当は普通の家族として生きたかったと本当に心から思う。父が商社の重役なんかじゃなくていい、母に愛され、妹と時には喧嘩もしながら仲良く年を越していく。そこに双子のお兄ちゃんがいればもっといい。

 旅行なんて年に一回できればいい、近場だって構わない。みんなで美味しいものを食べて「美味しいね」と言い合い、温泉に入って「気持ちよかったね」と言い合い、ふかふかの布団で寝る。「いびきがうるさくて眠れなかった」と文句を言い、いつもより豪勢な朝食を食べる。妹が学校から帰ってこなかったらみんなで心配して、私が帰らなかったらみんなが心配してくれながら私の帰りを待っている。父のパンツと一緒に洗わないでと駄々をこね、進路に迷い、やがて自立する。好きな人ができたら、片思いを友達に相談しつつ、両思いになったら自分に自信を持てるようになる。相手に好きな人ができたと告げられ、海の前で泣く。妹に悩みを聞いてもらいながら寝る。やけ食いなんかをして体重を気にする。浮気されたって泣いて、浮気してドギマギする。あの娘と私とどっちが可愛いかなーなんて悩み、友達に彼氏を取られたと喚く。そんな青春を繰り返した後、運命の人に出会う。ドキドキしながら両親に会わせ、マリッジブルーを経て、やがて小さくてもいい暖かい結婚式を行う。両親の前で「今までありがとう」なんて言って涙を見せる。そんな姿を友達が祝福してくれる。作ってくれた動画を見ながらみんなで抱きしめ合う。夫となる人と喧嘩しつつも愛し合い、時には離婚することもあるかもしれない。そこでまたいろんな葛藤を乗り越え、また運命の人と出会うかもしれない。やがて子供が出来て、毎日眠れない日々を送る。

育児ノイローゼとかになり母や妹に助けてもらう。それを乗り越えると、その先にあるのは反抗期の子供の存在。「クソババア」とか言われつつ、泣かされつつも可愛くて仕方ない。子供の養育にはお金がかかると旦那の尻を叩きながら、時には両親に援護をしてもらい、大きくなったと思ったら、すでに「結婚します」と相手を紹介される。相手の職業が気に入らないとかなんとか文句を言いつつも、子供に押し切られ、やがてまた結婚式を迎える。「今時結婚式なんて古臭い」とかなんとか言われつつなんとか説得して結婚式を終える。

そんな姿をおじいちゃんとおばあちゃんは目を細めて笑顔になる。やがて孫が生まれ、気がつくと白髪だらけの髪に驚く。だけど隣には同じように白髪の混じった旦那がいて、「お互い歳とったな」なんて笑い合いながらお茶を飲む。

「孫は現金なものよ。お金だけが目当てなんだから」なんて愚痴を言いながらも、孫には甘々なおじいちゃんとおばあちゃん、「もう甘いんだから」って子供に叱られつつもそれをやめられない。

 そんな日々。