横田駅に急いで戻る。駅に降り立って周りをキョロキョロと見渡す。するとそこにゆっくりとタクシーが止まった。タクシーのドアがバタンと開いて凪が降りてくる。それを見ても私は凪の元に向かわなかった。知らん顔で誰かを待っている顔をして、バスの方を見ていた。
タクシーのドアが閉じられる。そしてゆっくりとタクシーが発進する。凪が仏頂面で私を探し、ようやく凪の視線が私を捉えて私の元へと歩いてきた。
「なんなの!」
「あ、凪」
「なんで私があんたを探さなきゃいけないのよ、待ってなさいよ。あんたが」
「ごめんね。よくわかんなくて」
「で、どこなの?」
「少し歩くの」
「はぁ?」凪が立ち止まる。「このクソ暑いのに、なんでこの私が歩かなきゃいけないのよ」
「ごめんね」
「その樹に渡すってやつをここに持ってきなさいよ。私カフェで待ってるから」
そう言って、凪は駅の周りをキョロキョロと見渡した。
「この辺、カフェないの。ごめんね、あっちの商店街の方だったらあるけど」
言いながら私は商店街の入り口の方を指した。そこはここから少し離れている。「そこまで歩いてる間に家に着いちゃうからだから、歩いて、ごめん、凪」
「もう!」凪は一言発して、それから私の後ろに着いてきた。
「ねぇ、まだ?」
一分も歩いていないのに、もう凪は文句を言ってくる。
「すぐそこ」
そしてまた歩く。
「ねえ、まだ?」
夏の太陽がまだまだ私たちの元に降りてきて、私たちを焼き尽くす。
「すぐそこ」
それから三十秒ほど歩いたところで凪の足が止まった。
「すぐそこ、すぐそこって全然着かないじゃん。いい加減にしてよ」
「すぐそこだから」
「あんたね!」
凪が私のすぐ目の前まで歩いてきて、
「これ以上歩かせたら許さないからね」
「ここで立ち止まっても暑いだけだから」
「覚えてなさい!」怒鳴りながら渋々凪は歩き始めた。顔は怒りに満ちていて、眉も目も吊り上がっている。そりゃそうだろう。念入りに化粧をした顔にうっすら汗が滲んでいるのだから、それにワンピースが汗で濡れ始めている。
そこでようやく私のアパートに着いた。
「ここ?」凪がしかめ面で私のアパートを眺めている。「これって人間が住むところなの?」
凪の顔が歪んだ。
「とりあえず入って」私が階段を上がるが、凪は着いてこない。「持ってきて。ここで待ってる」
「でも、凪」私は凪の顔を心配そうな顔で見た。「化粧が崩れてる。汗で」
それを聞いた凪の顔が大きく歪む「あんたがここまで歩かせたからでしょ!」凪が叫んだ。
「ごめんね、とりあえず入って。冷たいハーブティーもあるから」
それを聞いて凪は初めて自分の喉が渇いていたことに気づいたのだろう。怒りの顔が一瞬だけ落ち着いたように見えた。それと同時に凪が足を動かして階段を上がり始めた。
私もそれに合わせて足を動かす。自分の部屋の前に着いて鍵を開けて家の中へと入った。部屋の中はクーラーが効き、涼しい風が二人の顔を撫でた。
「ごめんね、汚い部屋だけど、入って。すぐにハーブティ入れるから」
凪は一瞬、入ろうか迷っていたみたいだけど、部屋の涼しさに負けたのだろう、足を踏み入れて白いパンプスを脱いだ。
「そこに座ってて」
私は畳の上の座布団を指差した。
凪はそこの上に立ち止まり、座布団を掴んでそれをぐるぐると見回していたが、やがて諦めたように座った。そのテーブルの上には桃色の切れ端を置いていた。それが凪の目に映るかどうか。
私は冷蔵庫からハーブティーを取り出して、コップに注義、その上に氷を入れた。