春翔〜HALCAL〜

春を翔るように、徒然なるままに表現します。

フロム•ゼロ 33

私はそんな彼の顔をじっと見た。目が歪んで見える。この人はこんな顔をして笑うんだっけ。

「でも逆にラッキーだったよ。凪ちゃんみたいなあんな若くて可愛い子が俺を好きになってくれてさ。やっぱりさ、綺麗なものに惹かれるのは人間の本能だよね。それに君が持ってるものと凪ちゃんが持ってるものは同じかなって思ったけど、全然違うんだよね」

 私は何も言えず、ただ彼の瞳を見つめていた。

「まぁ、そういうことだから、じゃ」

 彼が一回転して、私に背を向けて歩いて行く。

 私はそんな彼の背中を見送ることしか出来なかった。

「だからさ」彼がこっちを向く。「もう、こんなことしないでね、怖いからさ」そう言って彼は笑った。その声が住宅街に響いた。

 そしてまた彼は私に背を向けて歩き出した。

 

 この時の私はまだ深い憎しみのようなものは抱いていなかった。樹が言ったことは全て本当のことであり、それに対して怒っても泣いても悲しんでも事態は変わらないからだ。これはもう(仕方ない)の一言で片付けられてしまうものだろうと思っていた。

 

 その三日後、私は凪に会いに家に向かった。入れてくれるかはわからないし、話をしてくれるかもわからない。凪の電話番号だけは知っているが、掛けたところで出てくれるわけがない。私は凪に一言だけ伝えたかったのだ。本気じゃないなら今すぐに樹との交際をやめて欲しい。樹は本気だ。思惑があったとしても本気なのだ。凪が私とのこともあって遊びで付き合っているなら今すぐにやめてほしい。と言いたかったのだ。

 照りつける太陽に少しの懺悔を感じながら私は歩いた。汗が滴り落ちてくるけれど、それに構っている暇はなかった。家に着いてブザーを押そうと、門の目の前に立ったところで、庭から何か水の音みたいなものが聞こえてきたので、そちらの方をそっと覗くと、康太が洗車をしていた。門が開いているかもと思った私は門に手を掛けると門は開いた。そのまま玄関のドアへと向かう。するとドアが少しだけ開いていた。康太が洗車をしているときはいつもこうだった。昔は。今も変わらないのだ。私はそのままドアノブに手をかけてドアを開けた。よかったと思った。ブザーを押して私だと言ったところで開けてもらえる保証はないのだ。

 そのまま玄関を上がった。廊下を抜けリビングのドアをそっと開けてみたが誰の姿もなかった。もしかしたら貴子は出掛けているのかも。そのまま私は階段を上がり突き当たりの部屋のドアの前に立った。そこでドアを一つノックした。凪がいたら私の顔を見た途端怒鳴りつけるだろう。勝手に家に入らないでよ、と。でもここは私の家でもあるはずだ。

 二回ノックしてみたが返事はなかった。私はドアノブに手を掛けた。年頃の子は部屋にも鍵を付けていると聞いたことがあったが、ドアは廻って開いた。そっとドアを開けてみる、そこは薄暗く人影はなかった。二人で出かけているのかもしれない。そう思った私は部屋のドアを閉じようとしたところで、部屋のドアから真っ直ぐな壁のところに、桃色のワンピースが掛けてあるのが目に止まった。それに引き込まれるようにして私は部屋の中に入り、それを目にした。それは凪が私に送ってきたメッセージ(樹の母にデザインしてもらった世界に一つだけのワンピースをもらったの)と共に添付された写真。それがこのワンピースだった。桃色の小さなボタンが胸の真ん中辺りに五つほどあって、襟のところはレースと絹が編み込まれており、袖は薄いオーガンジーで出来ていた。その裾のところにほんのり小さくローマ字でsaito-mayaと刺繍してあった。

その胸の真ん中の三つ目のボタンが取れかけていた。それを私は無造作に引きちぎった。

手の中のボタンを見つめる。

 この時、私は全ての計画を思い立ったのだ。

 そして急いで部屋を出ようとしたところで体が傾き、凪の机に当たった。その歪みで凪の机の上に置いてあった雑誌や参考書などが落ちた。慌てて私はそれらを拾った。その中に凪の卒業アルバムがあった。ページが落ちたはずみで開けていて、ちょうど凪の写真のページだった。それを拾いながら凪の顔を見る。白黒でなんのライトもなく無造作に撮られた写真であるはずなのに凪は美しかった。このページを開いた瞬間からまず一番初めにどうしても目がいってしまうそんなオーラをすでに凪は纏っていた。