その瞬間、不意に誠の瞳と樹の瞳が被さって見えた。
「やっぱりさ、綺麗なものに惹かれるのは人間の本能だよね。それに君が持ってるものと凪ちゃんが持ってるものは同じかなって思ったけど、全然違うんだよね」
樹の声がどこかで聞こえた気がして、私はそのまま固まってしまった。
「どうしました? 神崎さん」誠の声で我に返る。
「いえ」私は返事を返した。
それから私はしばらく誠と色んな話をし、誠のマンションを後にした。誠が送ってくれると言うので、私は言った。「ここからすぐの所なんです、私のアパート。すごい偶然ですね」私が笑うと、誠も驚いたような顔をしたがすぐに笑って「ほんとだ。すごい偶然」と言った。
それから私は週に一度、誠の家に寄って食事を作った。
母親に捨てられても健気に生きている裕也になにかしてあげたいと思う気持ちもあったし、誠に会いたいと思う気持ちもどこかにあった。
その日の夜は、裕也のリクエストでハンバーグを作っていた。
裕也が頬いっぱいにハンバーグを詰め込んで「美味しい」と微笑む。そんな裕也の顔をみていると胸がほんわかと暖かくなっていくのを感じてそんな自分に少し驚いたりする。
こんな気持ちが私にもあったなんて。
「ほんとにお料理上手なんですね」誠がハンバーグを口に頬張りながら微笑む。
「いえ、そんな」
「嬉しいよな、裕也、莉子さんのお料理美味しいもんな」
「うん」裕也が微笑む。「毎日来てほしい」
「いえ」
「裕也、それは贅沢というもんだぞ」誠が裕也を見て、私を見る。不意にその目線が真剣なのを感じて、思わず私は目を逸らした。
「あの……勝手なのを承知で言うんですけど」
「はい」
毎日来て欲しいと言われるのだろうか。別に私は構わない。どうせ食事は作るわけだし、一人で食べるより三人で食べた方が美味しい。裕也が私の食事を美味しそうに食べてくれるのを見るだけで私は嬉しかったし、誠の職業柄、時間も不規則だしずっと学童塾に預けられているのも可哀想に思えた。
「僕と結婚してくれませんか?」
驚いた。突然そんなことを言われるなんて思ってもみなかったから。驚きすぎて言葉も出なかった。
「すみません。突然でびっくりしたでしょ。こんな風にご飯を食べながらなんて情緒も何もあったもんじゃない。色々考えたんだけどな、どこか景色のいいところとか、タワーの最上階のレストランでとか」
「いえ……」
「お前があんなこと言うから」誠が裕也を見る。「今しかないと思って焦ったじゃんか」
「へへへ」裕也はそんな誠を見て笑っている。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「それじゃ」誠が私を見る。その目がキラキラと輝く。
「でも、私……」私は俯いて「い、言わなきゃいけないことがあるんです」
「なんですか?」
「はい……」
「あ、裕也」誠が裕也の方を見て「席、外してくれる?」
裕也が少し不満そうな顔をして、立ちあがろうとする。
「いえ、裕也くんにいてもらっても構いません」
裕也はそれを聞いて満足そうな顔をし、立ち上がるのをやめた。
「神崎凪って女性をご存知ですか?」
「神崎凪?」誠が首を傾げて「聞いたことあるような、ないような」
私はスマホを取り出して『神崎凪』と打って出てきた画面を誠に見せた。誠は私のスマホを受け取りその画面をじっと見た。そして人差し指でスクロールしていく。その画面を裕也が立ち上がって必死に覗き込んでいた。
「なんとなく覚えています。この事件」そして誠がハッとしたように顔を上げて「神崎」と呟いた。
「はい。私の妹なんです」
「そう……なんですね。じゃあなたが姉の」誠はその瞬間、唇をきゅっと閉じた。
「はい」私は口の中で小さく笑った。
「だからごめんなさい、結婚はできません」
「どうしてですか?」
私は誠の顔をじっと見た。誠も私の顔をじっと見ている。
「どういう意味ですか?」
「あなたは神崎凪ではないですよね? あなたは神崎莉子さん」
「はい……でも」
「関係ないですよ」
「でも」
「気にしなくていいですよ。僕の家族は裕也だけですから、なんだかんだ言ってくる人もいないし」
誠の目の奥底まで見つめてみる。どこまでも深く、どこまでも澄んでいる。
「いいんですか? 本当に」
「莉子さんさえ良ければ、うちは、な?」誠が裕也の方を見て裕也の頭を撫でる。
「うん」裕也は大きく頷いた。