春翔〜HALCAL〜

春を翔るように、徒然なるままに表現します。

フロム•ゼロ27

やがて凪は実刑判決を受けた。あのボタンは凪が彼を落とそうと押した瞬間に慌てて彼が掴んだ物だと認定された。凪達は最高裁判所まで上告し続けたが、絶対的な証拠により実刑を受けたのだった。その刑期は十五年だった。その理由として身勝手かつ残忍な犯行ということが大きな要因となった。その判決が出るまでに二年の月日がかかった。

 

あれから何年経っただろう。私は相変わらず会社に居続けた。他に行くところもなかったし、妹が犯罪者だとしても会社が私を不当に解雇することは許されない。それをいいことに私は会社に居続けたのだ。

 どうせ、他の社員に私は相手にされていなかったし、最初から浮いていたので、何も変わらなかった。

 それでも月日と共に妹の存在は忘れ去られ、私もようやく本当の意味での日常が戻ってきた。その間に松田は結婚退職をした。相手はなんと川上だった。相棒がいなくなった村上も転職して、ようやく一人新入社員が入ってきた。その人の名前は長澤ここみと言う。

そんな長澤さんは私のことも妹のこともまだ知らないが直に知ることになるだろう、と思うがそんなことどうでもよかった。ただ私は毎日事務仕事を終えて帰るだけだった。

 そんなある日のスーパーの帰り、六歳ぐらいの男の子に泣きながら抱きつかれている父親らしき男性を見かけた。大変だなと思いながら横を通り過ぎようとすると、不意に男の子が私の元に来て、私の袖を掴んだ。そして「お姉ちゃんも行けばいいじゃん」と泣いた。

「え?」私は何事なのかもさっぱり分からず立ち尽くす。そこへ父親らしき男性がやってきて、男の子の腕を掴んだ。

「ダメでしょ。お姉ちゃんの袖掴んだら」そしてすぐに私に微笑んだ「すみません」

「いえ」私も微笑み返す。「どうかされたんですか?」

「大したことじゃないんですよ。あそこのラーメン屋が三人だとお得割引がありますみたいなのがあって、で、行きたいって裕也が言うんですけど、いや三人じゃないからっていうただのコントです、はい」そう言って男性が笑った。

こういう場合、なんと言ったらいいか分からない。一緒に行くのは簡単だが三人で入るということは三人で食事をしなければいけないということ。今まで会ったこともない他人と。それはちょっと気が滅入る。

 すると「行こうよ。お姉ちゃん」と男の子がまた私のスカートを掴んだ。

「やめなさい」男性が男の子の腕を掴む。

「いいですよ。行きますか」

 私は言った。言った後で自分でも驚いている。私にこんなところがあるなんて。極力人と関わらないように生きてきた筈なのに。

「いいんですか?」

「はい。大丈夫です」そう言って私は男の子の顔を見た。「行こっか、お姉ちゃんと」

「うん」男の子が嬉しそうに頷いた。

 

 それから私たちはラーメン屋に入り、特割のラーメンセットを頼んだ。

「すみません、ほんと」男性が私に頭を下げる。

「いえ、全然。私も割引で食べれるから逆に嬉しいです。それに私、ラーメン屋さんって入ったことなくて」

「そうなんですね。確かに女性は入りにくいですよね」

「はい」私はうつむき加減で頷いた。

「お姉ちゃん、ラーメン食べたことないの?」男の子が聞く。

「ラーメンはあるんだけど、ほらカップ麺とか」

カップ麺ねー」

「あ、こいつ裕也って言います。僕は葛城誠です」

「あ、私は……」名前を一瞬言うのを躊躇ってしまった。神崎とはもはや有名な名前ではないだろうか。と思いながら「神崎莉子です」

「神崎さん、どうも」誠が頭を下げたので、私も頭を下げた。

 そこへラーメンセットが運ばれてくる。セットとはラーメンと半チャーハンのセットだった。三人分のセットがテーブルの上に並んだ後、私たちは割り箸を割って「いただきます」と言い合い、ラーメンを食べた。そのラーメンがびっくりするほど美味しくて、思わず私は「美味しっ」と声を出してしまった。

 そんな私を見て裕也の顔が綻んだ。「美味しいねー、ね、来てよかったでしょ」

「うん、よかった」

「ほんとに美味しいですね」誠が言った。

 その後、私たちは無言でラーメンを食べた。そして半チャーハンに手を伸ばす。裕也はまだラーメンを食べていたが、その顔の真剣さに思わず笑ってしまった。

「ん?」と頬いっぱいにラーメンを詰め込んだ裕也が見る。

「ううん」と私は首を横に振った。

 誠は半チャーハンもラーメンもすでに食べ終えていた。

「慌てなくていいから、ゆっくり食べな」誠が裕也に言っている。

うん」裕也が頷く。頷きながらもラーメンを啜り続けた。