春翔〜HALCAL〜

春を翔るように、徒然なるままに表現します。

フロム•ゼロ 26

それから私は一度だけ凪に会いに行った。面会席に座って待っていると、刑務官に連れられて凪はやってきた。私の顔を見た途端、憮然とした顔で私の目の前に座った。

「なんなの? 笑いにでも来た?」

「どうしてあんなことしたの?」

「はぁ?」

「どうして樹さんを」

「あ? なんなの、あんた、あの人はね、自分で落ちちゃったの、あんなところに立って遊んでたら、落ちるって、マジで。なんでわかんないの、なんでみんなわかんないのよ!」

「じゃ、なんで逃げたの?」

「逃げたんじゃないの! 気が動転してたの!」

「樹さん、多分あなたに本気じゃなかった。多分パパの財力が」

「何言ってんの? こっちこそ本気じゃなかったっちゅうの」

「だから邪魔になったの?」

「違うって!」

「邪魔になったなら返してくれればよかったのに」

「なんあの、あんた! 私はやってないって! あいつは勝手に落ちたの!」

「殺すぐらいなら私に返して欲しかった」

「だから!」凪は興奮して立ち上がり、目の前の衝立を手の甲で殴った。それを刑務官に止められる。

「私はあなたを許さないから」私はそう言って席を立った。凪はずっと私を睨んでいた。

 私はそのまま凪に背を向けて、部屋を出ようとしたその瞬間、凪が言った。

「あんたがやったんでしょ。あんたが!」

 私はそれを聞いて振り返って凪を見た。

「それだったらどれだけ良かったか」そう言って私は部屋を出た。

 ドアの向こうで「あんたがやったんでしょ!」と凪が叫んでいた。

 

 凪の続報はそれからもしばらくスマホのニュースに載っていた。凪は姉から奪い取るために樹を誘惑したが、その気になった樹のことが邪魔になり、殺害計画を企て実行したとのことだった。凪は高校生の頃も姉の恋人を寝とったことがあったらしい。と書いてあった。よく調べたものだと思った。そしてその高校生の時に凪に寝返ったという男性の話も取り上げられていた。それをA氏と呼んでいたが、そのA氏は「僕も凪さんに誘惑され、思わず凪さんの誘いに乗ってしまったが、その後すぐにそっけなくなりあっという間に振られたと。彼女は姉のボーイフレンドを取ることをゲームと称して遊んでいる。僕はあれ以来女性不信に陥っていて、いまだに恋人も出来ない」と言っていた、と書いてあった。

 あの時も私とA氏(青野くん)は付き合うような仲ではなかった。ただたまたま文化祭の準備をしているときに少し仲良くなっただけだった。私に恋心がなかったといえば嘘になるが、どうせダメだろうと思っていたので、打ち明けることもなかったし、打ち明けられることもなかったのだ。彼が私にほんの少しの好意を持ってくれていたことは知っていた。だから仲良くなったのだ。と言っても学校の帰りに一緒に帰ったり、たまにたこ焼きを一緒に食べただけのことだった。凪はそんな私たちをどこかで見かけたのだろう。そしてそのゲームと称される遊びを始めた。青野くんはすぐに凪に靡いた。凪はあの頃、学校一美人だと評判だったから、そんな女子に声をかけられると舞い上がってしまう気持ちもわかる。

そんな凪はいまだに否認しているとのことだった。凪のことは雑誌やマスコミにも多く取り上げられ、鬼畜の仕業とか思い上がった末の非道な所業などと散々取り上げられていた。落とされる瞬間の彼の気持ちを思うと切ないとかやるせないとか。落とされる瞬間、思わず掴んでしまった彼女のボタンが彼のせめてものダイイングメッセージだったとか、最後に彼女のボタンを握りしめながら落ちていくなんて涙が止まらないとか色々書かれていた。これも凪が美人だったからに違いない。そして私は可哀想な姉と取り上げられ、目隠しはされているものの、私を知っている人であれば私だとわかる写真まで載せられていた。だが月日と共にやがてそのニュースも忘れ去られていった。