春翔〜HALCAL〜

春を翔るように、徒然なるままに表現します。

フロム•ゼロ 18

コール音が鳴る。受話器の向こうで、何度も、何度も。でも誰も出なかった。私はそのコール音を何度聴いただろう。次に出るかもしれない。今頃階段を降りている最中かもしれない。次は出るかもしれない。そんな思いで、私はコール音を聴き続けていた。何回鳴っただろう。もう百回は鳴ったかもしれない。私は耳から離して受話器を置きそうになって、でも声が聞こえた気がして、受話器を耳に当てる。やはりコール音しか聞こえない。それを何度繰り返しただろう。あの時ほど貴子の声を待ち望んだことは後にも先にもなかった。

 どうしたらいかわからないまま、私はまた門の前に立っていた。すると隣の奥さんがやってきて、私に声をかけてきた。

「あら、莉子ちゃんは行かなかったの?」

「え?」

「今日は遊園地に行くって出かけて行ったわよ」

「どれくらい前ですか?」

「うーん、二時間ほど前かしら」隣の奥さんが首を傾げたまま言った。

「今何時ですか?」

 隣の奥さんが自分の腕時計を見た。「十時四十分ね」

 と言うことは八時過ぎにはもう出掛けていたということになる。今日は、凪は登校しなかったのかもしれない。私と凪は同じ学校だが一緒に登校しない、別々に行っている。それが貴子の方針だった。

 ということは私だけ登校させて、凪は登校させなかった。私が登校したと同時に三人はテーマパークに出かけて行ったということだ。最初から私を置いて行くつもりで。

 背中で恐ろしく冷たい何かが這って行くのを感じる。唇が震えてくるのを感じる。後ろから大きなどす黒い何かが私を覆ってきて、今にも私はそれに飲みこまれて狂ってしまいそうになるのを感じる。もしこのまま飲みこまれてしまったら私は生きて帰られそうにない何かを感じる。それは生なのか、それとも人間としてのなにかなのかはわからないが。私は逆流に流されてどこかの果てに流されてしまう。私の生存本能がそれを察知して、私は必死に争っていた。その時、隣の奥さんの視線を感じた。その瞬間、私は大きく深呼吸をして、大きなどす黒い何かを必死に振るい落とした。それがゆっくりと去って行くのを感じながら、「そっかぁ。私は学校があるから行かないって言ってたんだった。そっか。そっか」そう言って私は笑った。すると隣の奥さんが「そ? 学校を優先したの。偉いわねー」と言って私に微笑みかけて去って行った。

 それから私は涼しくて時間を潰せるところを必死に考えて図書館を思いついた。それから汗だくのまま図書館に行き、涼しさでホッとしたのを感じながら幾つもの本を読み漁った。

 閉館時間までいてから帰ると、まだ家に明かりは灯っていなかった。仕方なく私は近くのコンビニに行った。だけどこんな時間に一人でいると視線が気になるため、家の門の前に座り待っていた。なるべく目立たないよう門に隣接して立っている木の影に隠れて座っていた。それから一時間ほどしてようやく家の前に車が止まった。車から降りてくる凪の手にはそのテーマパークのお土産用の大きな袋が二つあった、その袋からはみでるぬいぐるみの顔。そして凪と目が合った瞬間、

「あぁ、帰ってたんだ」と凪が言った。

 その後ろで貴子が降りてくる。そして私を見て、

「あぁ、帰ってたんだ」と言った。

 車がゆっくりとバックで駐車場に入っていく。それを確認しないまま貴子と凪は家の中へと入って行った。その後ろに着いていく私。ようやく家の中に入れると少し安心もしていた私だった。

 そして二人はお風呂に入った。そんな様子を見て、あぁ夕食を食べてきたのだなと思った私はカップ麺でも食べようとキッチンに入ったところで康太と目が合った。康太はビールを美味しそうに飲んでいたが、私と目が合ったことで少し気まずそうな顔をし、すぐに目線を逸らした。それを見て私はコップにお水を汲んで自分の部屋へと戻っていった。