しばらくしたらすぐにお鮨が届いたので、私たちは早い夕食を開始した。貴子が私の目の前に並のお鮨を置いて「あなたはトロとか嫌いだもんね」と言う。
私はそれに小さく頷いた。それを聞いた樹が「そうなの? 嫌いなものないって思ってた。聞いといてよかった」と微笑んだ。
それに私は何も言えないまま小さく微笑んだ。
「それじゃ、食べましょ。あの人はどうせ遅いから」
「いただきまーす」凪が言ったのをきっかけに私たちはお鮨に手をつけた。
「樹さんは趣味とかあるんですか?」凪が大トロを口に運びながら聞いた。
「特にないんですけど、最近大学の時にやってたテニスをまた最近始めたりしてます」
「テニス? 私もするんですよぉ」凪が言った。
「そうなんですね」
「今度ご一緒しませんか?」
「いいですね」
「わー嬉し」
「君も一緒に」彼が私の方に向いて言った。それに私が答える前に、
「このこ、そういうのダメですよ」と貴子が言う。
「え?」
「昔から運動神経ないんですよ、このこ、勉強もダメだし」言いながら貴子がワインを口に運ぶ。その目は私を見ていない。
「そうなの?」彼が少し戸惑ったように私を見た。
それに対して私は苦笑いを一つ作り、「そうなんです」と答えた。そして私は目の前の卵を口に運んだ。
「実はね」貴子がワインを手にケラケラと笑う「このこ、橋の下で拾ったのよぉ、だから私たちに全然似てないのよぉ。お分かりになるでしょお?」
「そぉなんですねぇ」彼もそれを聞いて笑った。凪も笑っていた。私も笑った。その瞳から涙がじわりと滲んでくる。それを必死に奥へと飲み込んで、私は笑った。それを見られたくなくて私は水を飲みながら天井の壁を見上げた。下を向いてしまうと今にも涙が落ちてきてしまいそうなので必死に天井を向いて壁を見上げた。それに気づいた彼が「どうした?」と声を掛けてくる。
「え? あぁ虫がいたような気がして」
彼が天井を見上げる。
「やだわ、この子ったら」貴子がすかさず口を出す。「いるわけないでしょ。虫なんか」
それからしばらくして、父の康太が帰ってきた。
貴子が康太の鞄を受け取りながら「あなた、斎藤樹さんです」
樹がすぐに立ち上がって、康太に頭を下げる。「初めまして。お父様。莉子さんとお付き合いさせてもらっています斎藤樹と申します」
「え? 莉子?」康太が言った。
「はい」樹が答える。
「そうか、まぁよろしく」康太はそう言って、私の顔も見もしないでリビングを出て行った。それについて貴子も出て行ったが、二人はしばらく経ってもリビングに戻って来なかった。樹も私も立ったまま二人の背中が消えた方を見ていたが、戻ってくる気配がないので、凪が「座ったら?」と言ってくれたので、樹も私も座った。
ようやく貴子がリビングに入ってきて、「パパ、疲れてるみたいだから」と言った。
「そうですか。それでは今日は僕も失礼します」樹が立ち上がる。その後、すぐに彼が私の方を見たので、私もすぐに立ち上がった。
「じゃ、失礼します」彼がそう言って貴子と凪の方に頭を下げた。私も一緒に頭を下げた。
「またいつでもいらして」貴子が彼に向かって言った。
「またね」凪が樹に笑いかけた。
樹もそれを笑顔で返した。
私たちは家を出た。スマホで時間を確認すると8時半だった。
辺りはすでに暗く、闇の中に私たちは立っていた。時折、車のヘッドライトが私たちを照らして、やがて通り過ぎていく。
空の上には半月がゆらゆらと揺れていて、光を下ろしていた。
「お疲れ様です」私が言った。
「いや、どうも」彼がそう言ったきり黙っている。
「疲れた?」私が顔を覗き込むと「いや、大丈夫」と彼が言った。
そしてまた無言。私たちはしばらく無言で歩いていた。
「あの……」
「ん?」彼が私の方を見る。
「わかったと思うんですけど、私、あんまり好かれてないんです」
「ん……ちょっと酷いかもね」
「だから会わせたくなかったんです」私は誤魔化すように小さく笑った。
「まぁ、でも色んな家族の形があるからね。気にしなくていいよ」彼が言った。
私はその言葉を聞いて、ちょっとホッとしていた。
「家族だからって必ずしも愛情があるわけじゃないしね」
「……はい」
「俺のお客さんとかも話聞いてると、色々あるぜ。毒親とかザラだしね。今」
「そうなんですね」
「まぁいずれわかってくれるだろ。何回か行くうちに」
「また行くつもりなんですか?」
「うん、だめ?」
「いや、ダメじゃないですけど」
「一回だけじゃわかんないでしょ。俺の成りとかさ」
「はぁ」
「ほら、今日は君のお父様とも全然話ができなかったしね」
「ええ……」
「また機会作ってよ」
「え……あ、はい」
樹の顔を見上げると、樹の上に月の光が溢れていた。